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syamu game(シャム ゲーム、1984年(昭和59年)3月4日 - )は、広島県出身のYouTuberである。ニコニコ動画では、「syamu_gameexit_nicovideo」と検索すれば氏に関する動画を視聴できる。別の名義としてはシン、月神、浜川裕平(裕P)などが挙げられる。本名は浜崎順平exit(はまさき じゅんぺい)。ちなみに「濵﨑」が正式な苗字の表記となる(妹の卒アル開示で判明)が、一般的にはウォンツお客様インタビュー動画で用いられた「浜崎」表記がなされる。


|''■概要''|
『ドラえもん のび太のバイオハザード』シリーズを中心とするフリーゲームの実況プレイ動画を投稿していたほか、大阪府貝塚市の実家を舞台に商品レビューやフリートークの動画を撮影・投稿。作曲や小説執筆なども含む幅広いジャンルで活動していた。
作曲の代表作としては「サヨナラアトピー」(2010年)、小説の代表作としては「ゾット帝国」シリーズ(2015年)が挙げられる。
無職だが、YouTuberとしては月一万の収益があったと明かしたことがある。
なお、一時期はCollab LLCというMCN(マルチチャンネルネットワーク)に所属していたこともあるが、YouTuberへ無差別に勧誘を行っている支援団体なので、別にすごいという訳ではない。


|''■前史''|
1984年3月4日に広島県の能美島で生まれた。
1994年に大阪府貝塚市へ引っ越したあと同市立の小学校と中学校を出るが、高校を卒業した後はコンピュータ関連の専門学校を中退。ライン工など複数の職を経たが、アトピー性皮膚炎による闘病生活のために長年の無職となった。
やがてアトピーはある程度回復したが、新たな職を探すことに対しては消極的であった。
その後、2008年にはライトノベル作法研究所で活動していたことが知られている。
また、同年9月25日にはpiaproに曲を投稿。2010年9月4日にはニコニコ動画で『湾岸ミッドナイト3DX+』のプレイ動画を投稿し、10月3日にはYouTubeで活動を始めた。
初期は「シン」や「月神」などの別名義でゲーム実況をメインコンテンツとしており、主にフリーゲームを題材としていた。市販のゲームに関しては、当初はインターネットからダウンロードしたROMをエミュレータでプレイして実況していたが、のちに違法であると知って中古のWiiを購入したと語ったことがある。
この別名義時代には自身の社会的地位に関して多少の危機感を示す発言を残したが、のちにのびハザシリーズの実況プレイ動画で登録者数が増えてくると自信のほうが大きくなっていったことが当時の発言から伺える。


|''■大ヒット''|
やがてYouTubeではHIKAKINを始めとするYouTuberが台頭し、動画投稿活動で収益を得る人々が現れると、syamuはこれに影響を受けたのか、オーバーグラスをかけた自身の姿を公開して商品レビューやフリートーク、カラオケなど様々なジャンルへ進出するようになった。
しかし、それに伴って、自身を過大評価したり、女性視聴者に執着したり、ヨーグルトを掬ったスプーンでブルーベリージャムを掬おうとして、ジャム瓶へのヨーグルト混入を避けるためにスプーンを口に入れたりなど、動画上では異常な行動が目立つようになった。
結果、淫夢民の月影という人物に目をつけられ、ホモと学ぶシリーズとしてニコニコ動画に転載されるようになると、徐々に注目を集めていった。
一方で、syamuは多くのファンと交流することを期待し、握手会やオフ会の構想を立てはじめた。
そして、最大で100人が集まると予想し、2014年8月11日にイオンモールりんくう泉南(通称・泉南イオン)でついにオフ会を開催したが、誰も来なかった。
シャムはなぜかこの様子を動画に収めて投稿したため、これがさらに転載されるとオフ会0人(オフゼロ)の伝説として後に延々と語り継がれるようになった。


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